林修三「左側通行と右側通行―欧州道路交通取締見たまま―」(法制局次長)

林修三「左側通行と右側通行―欧州道路交通取締見たまま―」(法制局次長)
昭和27年11月13日号(第79号)30ページ〜32ページ

「昭和二十四年春の国会で道路交通取締法が改正されて、車は左、人は右のいわゆる対面交通が実施されてから丁度三年になる。それまでは、わが国は、明治の昔から五十年の長きにわたって、人も車も左側通行の制度を採っていた。…この古く日本人の頭にしみこんですっかり慣れていた左側通行の制度をやめて対面交通の制度を採り入れたのは、連合国占領軍特に米国側の強い示さに基づいたものであることはいうまでもない。…何とかしてわが国にも米国流の右側通行を採り入れようとしたのであるが、生憎日本の電車やバスなどはすべて左側通行を前提として出来ているので、簡単にこれを右側通行に切り替えることはむずかしい。そこで、欧米の一部にも行われているという理窟で、今見られるような対面交通の制度を日本に受け入れさせたというのが当時の実情のようである。」

車は左、人は右。小学生でも理解している常識です。ふと、私の幼い頃になぜそうなのかを聞いて、人と車が同じ方向を向いていると事故が起こりやすいから、向かい合わせになるのだとか言われたのを思い出します。しかし、面白いことに、こうして当時の文章を読んでみると、米国人のために都合よく制度をもってこられたようです。「いうまでもない」と言ってのけるほど公然の事実だったとは、驚きです。

さて、その三年間で日本人は新しい制度になじんだかというと、そうでもないようで、左側を歩くひとと右側を歩くひと同士で至る所でぶつかってしまうのだと言っているあたり、まったく浸透していないようです。その様子をふと思い浮かべると面白い絵なのですが、至る所でぶつかっている当人がたはそれどころではないでしょう。

林氏は、「左側通行の観念がいかに深く本能的といえるまでにしみこんでいるか」と自らの欧州での経験から語っています。

「左側通行の本能」と書いてあるので、じっくり自分の歩く側のことをふりかえってみると、実際に左側通行が多いことに驚きます。
電車のホームでは当然ながら人しかいませんが、左側を歩くように誘導されているのはご存知のとおり。
車道と歩道のある道なら正しく「車は左、人は右」となっているものの、住宅街の一台しか車の通らないような道や歩道橋に入ると、とたんに左側通行の人の列になる。不思議なことです。この「本能的な左側通行」というのが本当なら、どうしても右側通行が浸透しなかったからぶつかり事故を避けるために電車のホームでは左側通行となっているのではないかと邪推してしまいます。

「次に面白いと思ったのは、ロンドンの俗にゼブラという横断歩道である。ゼブラとはしまうまのことだが…」
ここでは割愛してしまうのですが、500字も使って詳細に「ゼブラ」について説明しています。驚いたことに、現在の横断歩道はまだまだこの時点で日本にはない!ようです。
確かに、よく考えると車がかなり流通してこない限り作る必要性もなさそうなものですが、こうして新鮮な目で横断歩道を見ている日本人の様子をみると、現在の横断歩道がないのが当たり前な時代もあったのかと驚くような気持ちです。

さて、今回のテーマである道路交通取締法は昭和23年に作られ、度重なる改正がされていますので、どのような変遷をたどったのか、いずれ見ていきたいと思います。(Y)