エリザベス女王の戴冠式と、若き日本の皇太子への期待感

「イギリスの王室と日本の皇室
—戴冠式に参列される皇太子に寄せて—」佐藤 功(成蹊大学教授)
昭和28年(1953年)3月下旬号(第92号)32〜36ページ参照

「若くして美しい」英国のエリザベス女王の戴冠式が近づき、名代として皇太子が参列する日も間近、という当時、お祭り騒ぎのロンドンと同じように、その1年ほど前には日本でも華々しい様子が見られたようです。
「皇太子は去年の一一月一〇日に立太子札と成年式を行われ、このときには、日本でもなかなかのお祝い気分がみなぎつたことであった。豪華華麗な戴冠式とはちがつて、日本における去年の立太子札も成年式も、皇居で催されたお祝いの宴会も、いわば簡素で地味なものであつたようであるが、しかし、やはり若くしてスマートなプリンスの姿の中に、何となく日本の将来の希望があるように思われて、敗戦と占領と社会的・経済的な困難とにいやでも応でも打ちひしがれ、また、今後もまたなみなみならぬ苦難の道を歩まねばならぬということを知つているわが国の人人が、何となく明るい希望をそこに見出だしたかのように感じたことが、あのときのよろこびとお祝い気分の原因であつたといえるだろう。」
希望の象徴として、人々から人気のあった皇太子に、佐藤氏はこう期待しています。

「戴冠式に臨まれるエリザベス女王の馬車に対して、沿道幾十万の人々は、恐らくは、人間としての、若く美しい女王の晴れ姿に対して、人間同志としての親愛とよろこびのまなざしを注ぐことであろう。わが国において、天皇や皇室が再び神格化されるような風潮が強く感ぜられるときに、若き皇太子が、その戴冠式において、このようなイギリス国民のまなざしを、よく眼の底に焼きつけて帰つてこられることを、何よりも私は期待したいと思う。」

 

当時の皇太子、つまり現在の天皇がどのような思いを抱いて、イギリスの戴冠に参列されたのでしょう。想像するほかありません。

さて、佐藤氏は王室と皇室の性質の違いと共通の性質に思いを致しています。佐藤氏の記事を覗いてみましょう。

 

「敗戦によつて、わが国の天皇制が、歴史始まつて以来最も大きな試練に直面し、天皇制がどうなるか、という問題が生じたときに、英国的な立憲君主制を確立することによつて天皇制を維持することができるというように多くの人々が考えたということは、ごく自然のことだったといえるだろう。……また、敗戦の直後、昭和二〇年九月二五日に、天皇自身も、ある外人記者の『日本の将来に対してどういうお考えを抱いていられますか』という質問に対して、『イギリスのような立憲主義がよい』と答えられたという事実があるのである」

 

このように、敗戦後の日本の皇室は、英国の王室を模範とするという意思が強かったというのが顕著に伺えます。

 

また、佐藤氏は、ウォルター・バジョットの「英国憲政論」を参考にしつつ、英国は君主政でありながら実は共和国であると述べ、「キングとクイーン」の役割や内閣との力関係について述べています(詳細は丁寧に述べられているので、ぜひ本文を読んでいただきたい)。

 

「英国では、君主の政治的中立性がこのような強い内閣の責任制度によつて維持されてきたために、その君主政が民主主義と矛盾しないものとなり、キングやクイーンが、いわゆる国民の親愛の中心となることができているわけである。日本の天皇も、新憲法で国と国民統合の象徴であるということになり、それは天皇を政治的中心としてではなく、もつぱら国民の親愛の中心という地位に置いたことを意味するのだと言われている。そこにはやはり、英国のこのような君主政の在り方を模範にするという考え方が強くはたらいているのである」

 

そして、佐藤氏は、「天皇の権威」というものを利用する考え方が残る危険性について述べています。英国では、君主政が廃止された歴史があるためそんな危険性はないが、日本は英国のように試練を経ているわけではないからと、憂慮を示しているのです。

 

エリザベス女王の戴冠式から天皇制の在り方まで思いを馳せる、そんな時代に生きた佐藤氏のコラムは、重いテーマを今の私たちに突きつけていると感じます。