永年勤続 〜長くつとめて尊きとなる〜

昭和28年(1953年)1月下旬号(第86号)、佐藤達夫法制局長官の「永年勤続」28ページ

 

1度入れば定年まで勤続するのがすばらしいことと讃えられた時代の話です。

佐藤氏は、「役人になってから足かけ二五年、法制局に入ってから二〇年あまり、とにかく同じ部署に無事勤続したとの故をもって内閣総理大臣からの銀盃と賞状を頂戴したという次第である」と書き出しています。

平成に生まれた私としては、完全定年退職時代の話とはどのようなものかと、当時の人の考え方に興味津々で読み進めていきました。

 

過去の連載に「ケーススタディ」として若者の悲惨な労働現場の様子が、残酷な会社側との交渉の様子も含めて紹介されています。(ブラック企業バスターズとして単行本化されました)

まさに若者世代である私の身近でもそういう例をよく聞くため、ハラハラしながら毎回勉強の気持ちで読み進めていましたが、やはり、もはや定年まで一生安泰、という考えは現実的ではありません。転職やバイト経験でのスキルアップ、というようなうたい文句も珍しくありません。そのせいか、ハラスメントに耐えられず、精神的苦痛や社内での不和によって辞めることも、まあまあ聞く話ではあります。

もっとも、よく聞く話だからといって、使い捨てるように労働者を使っていいはずはありません。賃金格差がなくなり、弱い立場に立たされがちの人がより声をあげやすくなる社会にせねばなりません。4月15日号から「外国人労働者」問題を〈現場報告:外国人労働者と人権〉で指宿昭一弁護士が連載されています。ちらっと聞くことはあっても現場の声をまとまって聞く機会はあまりありません。多くの人に読んでもらいたい記事です。

さて、話を戻します。

佐藤氏の話は公職の話で、私のイメージできる一般的な職業の話とは違うのは当然なのですが。このコラムを読んで、長く真面目につとめるということが、どれほどのことか、思いを馳せてみました。

 

さて、時の法制局長官がどう思っていたかといえば。

「私と一緒に表彰を受けた人々の大部分は…いずれも名利を離れて、それぞれの部局に永年勤続し、あるいは生字引といわれ、あるいは主と呼ばれて今だに重宝がられている人たちである。…このような貴重な存在は、昔は大ていの役所には各部署に必らず一人や二人はいたものであるが、近ごろはだんだん減ってきているのではないかというような気がする」

 

そして、木曾の国有林に視察に行った時に同行していた60年以上杣人(そまびと)の勤務をしてきた営林署の老人について、「…彫りの深い横顔は今でも私のまなぶたに刻まれているが、それは、一つの道に徹した人たちに共通の尊い何ものかを感じさせたことであった。」

 

そして、こう締めくくります。「永年勤続といっても在職年限が永いことだけでは何の価値もないし、また、役所は養老院ではないのであるから、いたずらに後進の道を阻み、官場の空気を沈滞させるような人事は、むしろ排撃されるべきであることはいうまでもない。…私のいいたいのは、世俗的な名利を超越して、人の目に触れない機構の中に埋もれながら、あたかも時計の歯車の中の宝石のごとく、その職場でのかけがえのない一人として天職に励んでいる人たちの尊さということである」

 

「近ごろはだんだん減っている」と危惧されていたその貴重な人たちは、今では、どれだけの数がいるのでしょう。生き字引、私は文字で見こそすれ、ほとんど聞くことのないことばですが、その身にたくわえられた膨大な経験と知識は、お手軽なインターネットなど太刀打ちのできないとても貴重なものです。歯車の中の宝石とは、本当に素晴らしい例えのように思います。そのような人の元に学び、生き方や経験、知識を身につける機会を尊ぶこと。これからの「高齢社会」としては、そんな関係性がより必要とされるのではないでしょうか。

他のなにかに頼り切るのではなく、派手に生きるのではなく、己をもってひっそりと生きている姿は、私にも貴重でまぶしいものに見えます。(Y)