一番泣いたコラム:利谷信義教授の「ただ今3匹」

今回ご紹介するのは、東京大学教授(法社会学・民法)のコラム「ただ今3匹」。この3匹とは猫のこと(昭和○○年○月○日号〔第1428号〕2~3ページ)。

現在のコラム名は、1年かけて専門家に「その道」のお話を書いていただく“そのみちのコラム”ですが、当時は“思いつくまま”という欄でした。文字どおり思いつくままに随筆を書いていただいていました。

「ただ今3匹」は、悲しいような、でも心温まるお話です。

利谷教授は、3匹の前にも猫を飼っていて、この猫を亡くし、「もう生き物を飼うまい」と決意します。

そんなとき、庭でお産をした母猫が、3匹の子どもを連れて現れ、ご家族は、「あまり泣くので縁先で何回か牛乳をやったところ、親猫は安心したのか姿を消した!のです。

こうして、教授は子猫をめぐる難問に悩まされることになります。
① 絶対に飼わないと家族に宣言すると、妻子から非難集中
② 家の外なら飼うことにならないと、妻子は縁先に段ボールを設置
③ そして、大問題発生。子猫の1匹が病気に。

ご家族の評決の結果、教授は敗れ、病気の子猫は家に入り、元気を取り戻します。
ところが。

教授は断固、「飼うのはこれ1匹に限る」と宣言。しかし、このあと教授は差別の難しさを痛感することになります。

「1匹が家の中で食べていると、他の2匹は外で同じものをもらっても承知しない。じっとガラス越しににらんでいて、すきあらば入ってこようとする…私は何回となく2匹をつまみ出し…たが、私の試みは空しかった。」

教授は、自らの行った「差別」から、「差別構造を維持するのに強力な暴力が必要」であることを「思い知った」といいます。

結局のところ、教授は3匹を受け入れます。暴力を振るえなかったからです。

しかし、「そうならば、無駄な抵抗をしないほうがよかった」
初めに差別をしたせいで、2匹は人間を警戒するようになったのです。

さらには、新たな差別問題と、難問が生まれます。

「子供たちが寝るとき、気に入った子猫を1匹ずつ部屋に引き取り、あとから飼われた中の1匹が居間に取り残された」。

このあと、この子猫がどうなったかというと…

「ある夜、私たちは時ならぬ猫の大きな鳴き声で目を覚まされた。それが延々と続くのである」
「たまりかねて家を出てみると、その猫が通路に本当に大の字に寝転がって鳴いており…どうしてもつかまらない」

これが午前4時のこと。何日も続き、教授はこの猫との和解の道を選びます。
その和解とは――

「夕食後、この猫をかなり長い間撫でてやることにした」
こうしてこの猫は、教授の書斎を訪れて、撫でることを催促するようになりました。

最後に、教授はこう語ります。
「猫でさえ、差別を憎み、愛情を求めていることに、私は胸を打たれた」

当時の私は、この猫の気持ちが痛いほどわかる気がして、涙があふれてなりませんでした。今、読み返してみても、もう泣くことはありません。
でも、ここに書かれた「真実」に、あらためて胸を打たれます。

そんな風に感じた人が他にもいたのでしょう。
このコラムを読んだ矯正施設の方から、教授に講演依頼がくるというオマケまでつきました。
(C.S)