深夜も働かせてください

昭和58年(1983年)10月13日号(1193号)p29~34
〈連載:法の中の性〉深夜も働かせてください—平等と保護をめぐって—

 

日本でも、欧米の水準とまで行かなくても、ジェンダー論が新鮮で女性たちによっていろんな考え方が示され、盛んになった時期がありました。その中でも言葉の定義をはじめ、女性でも“目からウロコ”と思うプラグマチズム的議論を提示されたのが、金城清子先生(東京家政大学教授・弁護士)です。

 

目次:

深夜も働かせてください
工場法の制定
労働基準法の制定
女子及び青少年者の保護
女性の生き方の多様化
男女の性差とは
夫人差別撤廃条約と労働保護
労働基準法研究会報告
日本では夢物語?
おばさんもうろくしたの
労働基準法の根本的な見直しを

 

「深夜も働かせてください」

というタイトルに目を引かれたのは、女性は夜中に働いてはいけなかったのか!?という驚きからでした。

学生時分に、自分の口は自分で養おうとはじめた夜勤のウエイトレスを思い出します。その時は20歳を過ぎ、キッチン一人とウエイトレス一人のシフトなので、店長から若干の心配をもらいつつ無事にやりとげた記憶はまだ新しいものです。

 

この記事では、ベテランのタクシードライバーの女性Aさんが、労働基準法改正によって夜10時以降働けなくなってしまった、生活に大いに支障が出てしまっているということで、例として取り上げられています。

タクシーの運転手は夜こそ稼ぎ時、Aさんは仲間と抗議のために労働省にいきますが「女性の深夜労働の禁止は、女性のためにつくられたもので、Aさんたちの希望があったからといって、他の多くの働く女性のことを考えると、簡単に除外するわけにはいかないと説明されました」、ということです。

 

その規制は平成11年(1999年)4月に廃止されているとのことですが、今はないからといって必要のない知識ではないはずです。20年ほど前までこんな不自由があったのかと思うと、それまでの経緯が気になります。

Aさんらたくましい女性の苦悩や著者の社会に対する考えなど、労働基準法にまつわる現在に至るみちすじを見ていきたいと思います。

 

 

「女性の夜間労働への禁止は、戦前の工場法に源をおいており、日本の工業化時代における若い女性が過酷な労働状況にさらされているのを保護するため」、と著者はいいます。(さらに言えば、企業の反対により、立案から実施まで、およそ33年かかり、深夜労働の禁止までには施行後15年の猶予期間、という大きないわくつきとのこと)

 

労働基準法の制定は、1947年のことです。戦後、男性を含むすべての働く人たちの生存権を保証するものとして制定されたものですが、年少者と女性については、ともに弱者として自らの力では自らの健康や安全を守っていけないから、国の保護というかたちでの介入が不可欠だとして具体的な労働条件の規制が行われています。

そして

①女性は、子供を生むという生理的機能をもつこと、

②家事、育児を担当して家庭責任を負っていること

…が、女性に対する保護を合理化している、といいます。

 

しかし、この保護は、一般的な女性にとって、優遇されているという意識から得なものと思われていたのですが、Aさんのような働きたい女性にとって、この保護は利益を生むものではなく、「平等に働く権利を妨げるものとなってきた」のです。

そこで、著者は、「保護規定は、女性を個人として扱うのではなく、集団としてかっこでくくり、女性の能力、生き方、利害なども同一であるという仮定に立っています。」といい、生き方が多様化している現在、保護の在り方を考え直さねばならないと主張しています。

 

また、「男女平等を実現するために、性による分業の変革こそがめざされている今日、男女を異なって扱う理由とされてはなりません。女性の家事責任を理由とする保護は、女性を補助的労働者として位置づけし、労働の場での不平等な現状を永久的に固定してしまうからです。」

 

(ほかにも女と男、理に適った多岐にわたる考えが述べられています。興味のある方はぜひ詳細をご覧になってください。)

 

世のすべての「女性」を一つの共通した生き物のようにあつかう、それ自体とても暴力的なものです。先日政治的な男女共同参画が制定されましたが、1999年のこの規制廃止からすでに20年です。亀の歩みの動きと、一言で言ってしまうことはできません。裏で女性の権利を男性と同じ程度にしようと努力している多くの人の気配を感じます。

これからの動きに期待するだけでなく、自分は知らない間に抑圧されていないか、もしくは抑圧する側になっていないか、省みる時間が皆に必要でしょう。(Y)